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120回目の創立記念日を迎えました!

お知らせ2020.12.01

2020年12月1日(火)、学校法人・伊藤学園は創立120周年を迎えました。

ここでは、時代の流れに沿って、甲斐清和高等学校が歩んできた道をご紹介します。

【明治・大正・昭和(戦前)】
~「女性の自立」を目指した創成期から、山梨の女子教育の拠点へと発展~
1900年11月、山梨裁縫学校が学祖・伊藤うたによって設立。12月1日に開校式を行い、以後この日を創立記念日としています。
その後、甲府湯田高等女学校・甲府女子商業学校・甲府高等家政女学校の3校に学びの場を広げ、堂々たる女子教育の拠点となっていった学園ですが、1945年7月の甲府空襲により、校舎は全て焼失。ただ1つ焼け残った伊藤学園正門の石柱とともに、学園は戦後の復興へと歩んでいくこととなります。

↑ 調理の授業(大正12年)

↑ 昭和5年に建立された学祖・伊藤うた先生の胸像(左)、焼け残った1本の正門石柱(昭和21年)

↑ 当時の制服:和服(明治~昭和初期 左)、ワンピース(昭和初期 右)

【昭和(戦後)】
~「甲府湯田高等学校」として、いまにつながる礎を築く~
戦後、学園はゼロから女子教育の場を再興していきます。戦前の3校を統廃合して、長く親しまれた「甲府湯田高等学校」を設立、戦後教育を本格的にスタートさせました。
1960年代には鉄筋校舎の建築開始、歩道橋完成、里吉グラウンドの造成など、戦後の発展を象徴する変化の中で、現在の学園の礎が築かれていきます。

↑ 昭和28年ごろ

↑ 1500名での全校集会(昭和35年)

↑ 制服のデザインも時代とともに変わってきました。
  昭和45年4月~(左)、平成3年4月~“森英恵デザイン”(右)

【平成(甲府湯田高校時代)】
~時代のニーズにこたえ、学科の新設・再編、共学化はじまる~
平成という新たな時代を迎え、学園もその姿を変えていきます。1994年、普通科に音楽コース(のちの音楽科)、情報教育の先駆けとして情報ビジネス科を設置。2000年には、100年の歴史の中で初めて男子生徒を迎え、その後、科・クラスごとに徐々に共学化が進んでいきます。

↑ はかま姿で応援する様子(平成元年)

↑ 木目調の教室での授業(平成3年)

↑ 旧被服室での被服実習(平成8年)

↑ 現・制服の一代前のもの:平成21年4月~

【平成・令和(甲斐清和高校時代)】
~「甲斐清和高等学校」へ 2科に改編、完全男女共学化~
創立111年目となった2011年4月、校名を「甲斐清和高等学校」に改称、同時に学科を音楽科と普通科の2科に改編し、完全男女共学化しました。さらに、2015年10月には通信制課程を開校し、新たな学びへの扉を開きました。

↑ 「甲斐清和」へ校名を変更(平成23年)

↑ 本校舎をリニューアル(平成23年)

↑ 通信制課程を開校(平成27年)

↑ 現在の制服:平成30年4月~

明治33年の創立から120年。大正、昭和、平成、そして令和へと時は流れましたが、学園は変わらない建学の精神を胸に、時代の風に乗り、未来への歩みを続けていきます。

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